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沿革

名古屋大学の歴史は、1871年(明治4)年5月にさかのぼります。この年に、名古屋藩が郷土の誇る本草学者伊藤圭介(日本最初の理学博士)らの勧めによって開いた西洋医学の学校と病院が名古屋大学の前身です。そののち何回もの学制改革を経て、1939年(昭和14)年、戦前に作られた7つの帝国大学の最後のものとして、名古屋帝国大学が設立され、医学部と理工学部がつくられました。理工学部には1940(昭和15)年に化学科が、1941(昭和16)年に物理学科がおかれました。

1942(昭和17)年には、理工学部が理学部と工学部に分離され、理学部には数学科と生物学科が加えられました。この理学部の創立により、本学は理科系総合大学としての途を歩むことになったのです。1949(昭和24)年には地球科学科が、また1987(昭和62)年には分子生物学科が加わりました。さらに、1992(平成4)年に地球科学科が地球惑星科学科に改組されました。

1995(平成7)年から大学院に組織の重点を移す大学院重点化が進み、これに伴って、数学科が数理学科になり、物理学科と物理学第2学科が一つになって物理学科になりました。続いて、1996(平成8)年には、生物学科と分子生物学科が統合されて一つになり、生命理学科と改名して、現在に至っています。

名古屋大学理学部は、現在自然科学のすべての分野を網羅する規模を持ち、日本でも有数の施設、設備を備えています。数理学科、物理学科、化学科、生命理学科、地球惑星科学科の5学科からなり、関連の研究センターや研究所とともに、理学部の教育・研究を担当しています。

理学部学生は、1年次には学科に属さず、全学共通教育を受けます。数学や理科の基礎科目はもちろん、物事に対する考え方や議論の方法そのものを学ぶ専門リテラシー、人文社会系の教養科目、外国語など、高度知識人にふさわしい教養を身につけます。1年終了後に、希望や成績などによって各学科への配属が決定されます。このようなやり方は名古屋大学理学部の大きな特長で、狭い専門に凝り固まった人材ではなく、総合的な視座から研究や社会をリードできる人材を育成するために、自然科学や人文科学の十分な素養がついた上で専門を選択させようという、ゆっくりとした専門化(latespecialization)の考え方に基づいています。

2年次以降は各学科に分かれて、より専門的な科目を受講します。少人数演習やセミナーも多く取り入れられ、また実験系では多くの時間が実習に費やされます。いずれの学科でも、最新の研究成果を取り入れた教育が行われています。他学科の講義も履修でき、自然科学の基礎知識をいっそう広げることもできます。4年生は各研究室へ配属され、これまで3年間の蓄積を実際の研究現場で活用しながら、卒業研究に取り組みます。自主的な学習・研究態度が求められます。

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